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一片の風景 ~目次~ 


日々の中で切り取った風景をお届けします。

~ビー玉の空~

~指先~

~自転車~

~ガラス越し~

~第2ボタン売ります~


~ケーキの物語~ Contents


特別篇
~桜の樹の下に~ 目次



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~ケーキの物語~ Contents 




「ケーキ一個にも物語があると思う」




このコンテンツには
ケーキにまつわるショートショートが
綴られています


第一話
~チーズケーキ~


第二話
~モンブラン~


第三話
~苺のショートケーキ~


第四話
~ブッシュ・ド・ノエル~


第五話
~チョコレートケーキ~


~桜の樹の下に~ 目次 



の樹の下に~
2005年4月15日公開
第一話
第二話
第三話
第四話
第五話
第六話
第七話
最終話



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~桜の樹の下に~ 最終話 

その日のことはおろか、数日間の記憶が全くと云っていいほどない。
皆と同じように平等に時間が流れたのかも定かではなかった。

ほのかはどうやって看護婦の目をくぐり抜けたのか知らないが、病院を抜け出したらしい。
真夜中の見回りをした時には、ベッドはもぬけの殻だったそうだ。
これまでにそのようなことがなかったので、大慌てで病院中を捜したそうである。
そして早朝。
捜索の範囲を外に広げた関係者の下に、一本の電話が入って来たそうだ。

「神崎の桜の樹の下に、女性がうずくまっている」

担当医が駆けつけた時には既に遅く、亡くなっていたらしい。
死因は寒さによる心肺停止。
要するに凍死だった。
もとから心臓の弱かった彼女が薄着一枚で冬の寒さになんて耐えられるはずがなかったのだ。
そんなことは誰の目からも明らかだった。

では何故彼女はそんな奇行に走ったのか?

その理由は、初七日も終わったクリスマスイブにおれの許に届いた。
その日は休みで、おれは放心したまま自宅の部屋にいた。
すると、母が蒼白な顔をして部屋に入って来た。

「ちょっと、あんた、これ…」

その手に持っていたのは封筒だった。

差出人をみると

上林ほのか

となっていた。
震える手でそれを開けると、出てきたのは一葉のクリスマスカードだった。





メリークリスマス!
ことしはごめんね
そのかわりにカードをおくります

らいねんもいっしょに
ずっといっしょにいようね


だいすきだよ



ほのか







それはミミズが張ったような文字で、かろうじてそう読み取れるものだった。

あはは。
ばかだな、ほのか。
もしかしてこれを出すために病院を抜け出したのか?

おれは号泣した。
そんな中、こんなにおれの胸の中には水分があったのかと思っていた。
そんな風に思っている自分が可笑しかった。
可笑しかったけど、出てくるのは笑い声じゃなく絶叫にも近い泣き声ばかりだった。
あとからあとから涙がこぼれた。

おれの人生は色んなことがいつでも、ほのかが関係していた。
人生で初めてショックを受けたのは彼女の手術跡だった。
人生で初めて嬉しかったのは彼女と過ごした夜だった。
人生でこんなに人を愛したことはなかった。
そして誰かを失ってこんなにも哀しいと思ったことはなかった。

こんな汚い字のクリスマスカードなんかが欲しかったわけじゃない。

ただ、君に生きていて欲しかった。
ただそれだけだったのに。





…ここまで、まるでほのかは最近亡くなったかのように書いた。

昨冬、彼女の五回忌があった。

彼女が居ないことに慣れるのに、それくらい時間が掛かったということだ。
いや、むしろ慣らされたというべきかも知れない。
彼女が来年もと約束をしていた神崎の桜の下にも、あれ以来一度も近寄ったことがなかった。

「彼女が亡くなった場所」

その事実が怖気づけさせていたのだと思う。
でも、もういいんだと思った。
この空の下、どこにも彼女はいないんだと認めることもおれには必要だと言い聞かせた。
それで今年の春、亡くなって初めて満開になったと聞き桜を見に出かけた。
まだ誰もいない朝早くに公園を歩くと、ほのかと手を繋いで見に来たことを思い出した。

神崎の桜は以前にも増して、綺麗に花をつけているように見えた。

「わたし、死んだら神崎の桜になりたいな」

彼女はそんなことを云ってたっけ。
おれは大きな桜を見上げながら、ぼんやりと思った。
彼女はもちろん墓地に弔われている。
この桜の樹の下に、彼女の死体があるはずがない。
だけど、ほのかはその魂をこの桜に捧げたに違いない。

だから…。
だから、こんなに綺麗に咲いているのだと信じたい。

「なんだよ、ほんとに桜にならなくたっていいじゃねえか」

おれはたまらず桜に乱暴に話し掛けた。
話し掛けた途端、視界がぼやけた。

「全くもう。今年も花粉がすごいな…」

おれは言い訳じみた独り言を呟きながら、顔をごしっとぬぐった。


(やだなー。花粉症?)

ひらり。
おれの耳許で桜の花びらが囁いた。

(わたしに会いに来ない罰だよー?)

あはは。ごめんごめん。

(ね、築)
(来年もまた一緒に桜を見ようね。絶対だよ?)

桜がひらひらと舞った。

(ね、一緒にまた見ようね)
(絶対、ぜったい一緒に見ようね)

ひらひらと。
桜の向こうに彼女が見えた気がした。





そしておれはもう二度と、来年の約束を忘れない。






の樹の下に~ 完
written in 7th Apr.~14th Apr. 2005

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